センス8から見るグローバルな英語

Sense 8 というネットフリックスオリジナルのTVドラマをシーズン2(最新)の終わりまで観た。

互いの感情、感覚、能力を共有できる力を持った8人の主人公たちが協力しながら、それぞれの人生における苦境を解決していくという物語である。

特筆すべきは、8人の属性の選ばれ方の秀逸さである。主人公たち8人はそれぞれ、イギリス、カリフォルニア、シカゴ、メキシコ、インド、韓国(ソウル)、アフリカ(ナイロビ)、ドイツでそれぞれ全く異なる生活を営んでいる(中国を敢えて選ばなかった理由が気になる)。このような設定でもなければ絶対に出会わなかったような人たちばかりだ。

最初は明かされずに少しずつ明らかになっていくのだが、彼らそれぞれが持っている能力、そしてそれらが互いに補い合う様子もクリエイティビティに溢れている。全くもって21世紀ならではのチームを描いているようで、鑑賞していてワクワクする。

さて、この記事で取り上げたいのは、彼らが会話する媒体、英語である。自然な表現の身につけ方について英語が達者な留学生の友人(中国人)に尋ねた時に、このドラマを勧められた。「君の身につけたい英語かは分からないけれど、面白いよ」。劇中の彼らは現地語(ヒンディー語、ドイツ語、韓国語、スワヒリ語などなど)で会話しているが、全員が英語を喋ることができるという前提で進む。各自の現地でも現地語と英語を併用しながら進んでいくわけだが、その違いが面白かったのでここに書き記して考察してみる。彼らの属性はシーズン1の第1話で判明するものしか書き上げていないので、それほどのネタバレにはならないと思われる。

  • ライリー(アイスランド、非ネイティブ?アイスランド語も話す)
    ロンドンでDJをやっている白い髪の女性。ドラッグの名前やパーティー用語が乱発する。たとえばraveで「麻薬の使用を伴う可能性もあるパーティ」。DJがステージの上で音楽をかけながら聴衆がフロアで踊っているようなシーンを観た。

  • サン(韓国)
    父親の経営する会社で働く、元・格闘家の女性。単語はどれもネタバレになりそうなので避けておく。彼女とその取り巻きが使う英語は、特筆するほど特徴のある英語だとは思わなかった。ただしどの人物も発音が遅い。センス8はもともと綿密なストーリーを目指しているものではない、全く異なる他者がどう共感をしていくのかをただ想像力で描いていきたかったもの、と捉えているが、それにしても棒読みのような場面も散見され、サンの物語が最も茶番に見えてしまっている。ただ分かる。僕を含む、日中韓あるいは隣接アジア諸国から来たあまり英語が得意でない留学生は、こういう英語を話す。

  • ヴォルフガング(ドイツ)
    ドイツのマフィアの一員。彼とその取り巻きが話す英語はそれほど地域特有のものは無い気がした。ただしサンと異なり、どの人物の英語も自然に思えた(役者がネイティブなのかもしれない)。
  • カーラ(インド)
    結婚式を間近に控えたインド人の女性。

    Oh, my Ganesha: とあるショッキングな事件が起きたときにカーラが発した言葉。彼女は熱心なヒンドゥー教徒で、シーズン1の初回話ではヒンドゥー教の神であるガネーシャ象の前で供物を捧げるシーンが出てきたりする。彼女は別の場面ではOh, my godも使うので、何らかの感情の差があるのかと思われるが、よく分からない。ただ英語がグローバル化していることを示唆する決定的な表現だと感じた。

    作中のインド人の話す英語は、典型的な、一言聞いただけであっインド人だと分かる癖の強いものだが、彼らが極めて平凡な文法と単語で自由自在に自分たちの感情を表明しており、ドイツのヴォルフガングに近い自然さを覚えた。
  • カフィアス(アフリカ)
    ナイロビのバス運転手。前向きな性格で、多くのシーンで仲間たちを励ます役目を果たす。

    make the world a more equal and just place: 西海岸のスタートアップを描いたSilicon ValleyというTVドラマでは、スタートアップはどいつもこいつも宣伝文でmake the world better placeと使いまくっている、たかが日常の些事を数秒短くするだけのプロダクトでも、と批判されるシーンが出てくる。それと比べると、強盗や殺人が蔓延るナイロビでのこの発言は、たった3語の違いでも遥かに重く社会状況を反映している。

    it's a little dull : 「この鉈はすこし刃が鈍い」 殺人や恐喝に使われる錆びた鉈の形容。
    prank: からかい、悪ふざけ。嘘を付いて相手を騙すシーンが多発する。
    thug: 悪党

    I speak good English: カフィアスの台詞。日本でこんなことを言う人を聞いたことがない。ナイロビでの英語は、韓国やインドでの英語と同様に非常に癖の強いものなのだが、非常に感情は篭って聞こえる。何に起因するのかは分からない。

  • リト(メキシコ)
    メキシコのスーパースタークラスの俳優。ゲイであることを隠して恋人と生活している。

    We are on the location of Even Angels Must Earn Their Wings: 「映画〜の撮影現場 location に来ています」レポーターがリトとのインタビューで発した言葉。

    Holy Communion: 和訳は「聖体拝領(せいたいはいりょう)」。「カトリック教会用語で,ミサ聖餐においてキリストのからだとなったとされるパンとぶどう酒を食すること」とブリタニカ百科事典。リトが恋人との出会いを自分にとってどれだけ劇的なものだったか表現する際に使われた。この単語に限らず、芸術、宗教関連の比喩で彼らの関係は説明されることが多い。

    Toreador: 「闘牛士」。リトは映画俳優として様々な役を努めるので、このような職業の名前がよく出てくる。

    box office: 映画が大当たりの
  • ノミ(カリフォルニア、ネイティブ
    両親にほぼ勘当されているトランスジェンダー(男性→女性)。恋人の女性アマリータと二人暮らしをしている。リトとは真逆で、積極的に2人の関係を表明している。

    be on a clock: 「時間がない」。捕われている仲間を早く助けるぞとノミが主張したときに使われた表現。We don't have timeとかを使わないところあたりがネイティブの語感という感触があり印象に残った。

    Tell me about it: (同情して)「わかるよ」。ノミの恋人が口癖のように使う表現。たぶん彼女以外は作中で誰も使っていない気がする。

    I'm kind of getting the hang of it: 「まあ慣れてきた」。感覚を共有しながら過ごすのは最初は気持ち悪いらしいが、だいぶ時間が経ってきたところでノミが言った表現。get the hang ofは「機械や道具の扱い方を実際に使って覚える」She got the hang of that software very quicklyのように使われる言葉。作中では「感覚共有は言語というツールよりも優れているか?」という問題提起がなされることがあるが、ノミがこの能力をツールとみなしていることを端的に示した表現。

    Drama queen: もうウィズダムの説明をそのまま貼り付けるしか無い:「⦅くだけて非難して⦆ドラマクイーン, 悲劇のヒロイン〘注目を集めるために自己をドラマ化する人; 女性および同性愛者の男性に用いる〙」。リトは映画俳優のせいか感情の起伏が激しいのだが、そのリトと感覚を共有していると、どうにも…というちょっとした批難のシーンで使われた。

    pot: マリファナ

    patriarchal: 男性上位の
  • ウィル(シカゴ、ネイティブ
    正義感に溢れるシカゴの警察官。彼が同僚と話す英語は、警察用語あるいは俗語ばかりで非常に分かりにくい。例えば:

    I'm going with a nine-millimeter tucked under my arm: ベルトの脇に警察官用の拳銃を携帯しているということ。tuckは「しまい込む」の意味。

    B & E: Breaking & Entering (家宅不法侵入)
    stakeout: 張り込み

    boover: 日本の辞書には出てこないので和訳が不明。おそらく「甘ちゃん」とか「クズ野郎」ぐらいか。新人だったウィルに対して既存の警官が「どうせ典型的なシカゴのbooverだろうと思っていたら」と使われた。booverは語源上、人を侮蔑する時に使うassholeと同様なものと考えられる。

    Bears & Packers : 「争い合っている二組織」。シカゴにはシカゴベアーズとグリーンベイ・パッカーズの2つのアメフトチームがあり、その戦いになぞらえたもの。

    I'm beat: 「へとへとに疲れて切っている」。日本人だとexhaustedとでも言いそうだが、こちらのほうが口語的なのだろう。


    そして単語としては知っていても卑語が入り砕けた表現ばかりで同僚と話すので、一体全体何について話しているのか判然としない。和訳を観て初めて「ああこれはさっきの事件のことを言っているのか」と気付くこともしばしばだ。


さて、こうやって書き並べてみると、明らかに理解する上で自分側の俗語力が足りていない主人公たちがいる。ノミとウィル、すなわちネイティブスピーカーたちが語る日常生活だ。リトは俳優、カフィアスは治安という部分で聞いたことがない表現がいくつか出て来るが、ネイティブの比ではない。あとの4人は更に少ない(いくつか地域固有ではない、標準的な表現が出て来るが)。ネイティブたちとのまだまだ埋まらない距離を感じる一方で、世界各地の英語(いわゆるブロークンイングリッシュ?)との近さを実感するような、そんな作品であった。